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なぜリトリートのファシリテーターを海外から呼ぶのか?

私自身は、最近アイスランドで大きな変容体験を得てこのリトリートを開催するに至りましたが、これまでもスピリチュアルジャーニー(精神追求の旅)やエコビレッジのデザインを学びに複数の国を旅していましたが、やはり西欧はドラスティックな変容力や力強さ、社会実装の速さは圧倒的だと思います。
そして今や癒しや変容を求めて、スピリチュアリティやセクシュアリティへの探究がトレンドとして広がっています。世界を旅してヨガや禅、様々なスピリチュアリティを師から学んだ人々がわかりやすく編集/キュレーションして誰でも体験しやすい形態にまで落とし込まれています。

日本はと言うと、もちろんアンダーグラウンドでは様々な動きがありますが、マジョリティの世界では、エコビレッジはカルト扱いされたり、スピリチュアリティは胡散臭いとか、分断やジャッジがまだまだはびこっていると思います。(もちろん世界中どこでもそれはあり、人それぞれというのは当然ながらも。)
求心的なエネルギーは広がってはいるものの、古い価値観や既成概念の下に翻弄されている状態は続いています。分離構造はシステムや私達のマインドの中に深く刻み込まれており、その思い込みが自らの首を絞め、孤独(ネガティブな意味で捉えた一人ぼっちという状態)という世界に閉じ込めているように見えます。

話を戻すと、なぜ海外のファシリテーターを呼んでまで日本でやりたいのか?
行きたい人が海外に行って体験すればいいんじゃない?と思う人もいるかもしれません。

それは、私が日本の文化や社会にずっと危機感を感じているからです。
自分自身の人生も差別の連続でした。なぜこんなにもジャッジされジャッジすることが当たり前なのか。その苦しい鳥籠を私たちは自ら創り出しているのに気づいていない。

現在の日本の経済危機は結果でしかない。
日本人はお人好しで受容する民族故に西欧に奪われていったものがたくさんあると思います。
立て直しができず、教育、政治、法律、主義、価値観、慣習などが欧米社会にハイジャックされています。

明治維新をきっかけに、他国と同様に経済大国を目指し、物質的豊かさの代わりに日本の質の高い文化的資産を手放してしまった。
もちろん遺伝子の中に埋め込まれている私たち日本特有の価値は暮らしの中に見て取れます。

和を重んじること、美意識、奥ゆかしさ、
職人魂、ディテールを大切にする技術の高さ、
受容し統合する力(神道と仏教を併せ持つというユニークなハイブリッドをできる)、
意識の深さ(茶道、花道、武道、合気道など道のつく世界に見てとれます)、配慮、空気を読む、佇まい などなど。

背中を見て学べという職人魂とか、言葉少なに行動でメッセージを発する様子とか、哀愁漂う佇まいなどは西洋には見られないですよね。

建築意匠の建具としての格子は、覗くと微妙に見えて外と内とがつながっています。ドアのように完全にシャットアウトするのではなく、佇まいや気配が残るデザインです。障子や襖、ついたてなどもそうですね。足音や影など、人の存在を感じることができる。

お寺の境内などに置いてある縄を縛ってある小さな留石。あれは、西洋になると「Stop, don’t enter!」になります。「入るな!」と直接的なメッセージではなく、間接的に、「配慮せよ。」と伝える媒介なのですね。

西洋はオープンでわかりやすい。愛情表現もストレートでわかりやすい。哀愁漂う感じはあまり想像できませんが、私は今の日本においては、このオープンさや軽さ、挑戦する度胸などがもっと必要だと思うのです。

日本は納豆文化なので、じめじめして粘っこく、後を引きずる文化でもあります。
和(輪)を重んじるのはいいけれど少し粘っこくすぎない?と思うことありませんか。
それぞれが横を見て出る杭は打たれないようにしているうちに、自分のアイデンティティを失っていっています。外にばかり物差しを求めるので、自分を生きるということが何のことかわからなくなっています。

昨今、自殺は世界でも類を見ないほどですし、DVや何かしらの精神疾患、癌なども増えています。

歴史を見ていくと、

西欧は大陸で砂漠、乾燥し豊かな土壌がないため、陣地を横に広げていき、奪うということで領土を広げてきた。自然を支配し、人を支配し、自分たちが良ければ良いという個人主義が高まっていき、競争が激化し、戦争や差別に至る。宗教は一神教。直線的な世界観が広がっている。

一方で日本は豊かな水や土壌に恵まれて弥生時代以降、稲作が主要になっていった。しかし台風や地震などの外部環境の厳しさがあった中、自然と共生し、他人と手をつなぎ合い、協力関係になることでサバイブしてきた。アニミズム、自然信仰や八百万の神などはこの自然共生の中で生まれた価値観なのでしょう。和を重んじてインドやチベットなどから仏教が入ってきた時にそれを受け入れ融合していった多神教。表現も曖昧模糊とし、言語はあらゆる捉え方を許す余白がある。文章において、意志を表す動詞は最後に来る。円環的な世界観で全体主義。結の文化の象徴として祭りがある。建築にも、床の間にも、本の行間にも、余白が見られる。茶道などは圧倒的な余白の遊びです。
農耕民族のため、地と繋がっており、グランディングしていた。そのため、元々は頭よりも肚(ハラ)や腸で考える民族であったが、頭で考える西洋の影響で肚の感覚が残っていない。

ちょっと雑だったり極端さもあることは重々承知の上で、こんなふうに図式化してみました。
どちらが良い悪いではなく、歴史から生まれた文化や価値観なのだと思います。

 

世界的に見てもとても豊かでユニークな日本文化を未来に託していくためにも、今の日本の“一緒に落ちていく”ような、監視し合い、批判し合う文化をシフトしたい!
そのためには、まず自分を愛することが大事だと思って、こういったリトリートやコーチング、体の声を聞くワークをしています。

自分という存在の素晴らしさ、この世に生を持ったことの奇跡、そして自分という生命の宇宙をもっと賞賛し、感謝し、讃えること、それが魂に反かずに、この世界とつながって、その生を全うすること。つまりそれは、世界に自分というもの(自分の魂が求めること)を照らし出し、問いかけ、求め、実行し、示すことだと思っています。

自分ファーストで、自分とつながり、自分を理解し、受容することで、他の本当の痛みに共感し、共にいることができる。そうでないと偽善になります。自分はこんなに頑張っているのに、与えているのに、なぜあなたは返してくれないの?という勝手な自己犠牲は関係性において何のベネフィットも生み出しません。恨みあって終わっていきます。
自分と向き合い、自分を信頼することができれば、他を信頼し、世界を信頼することができます。世界を信頼するというのは、なんでも信じて怪しいものに騙されるということではなく、逆に外の情報に振り回されず、全てをガイドだと思える。自分に起こったことに対して、良いと思えることも悪いと思えることも全てはメッセージであり、学びであり、導きだと思える。そうなると、人生は頭でああだこうだと考えあぐねなくとも、良い方向へ勝手に進み始めると思います。

そのためにも、コンフォートゾーンから出なくてはならないのです。
自分がぬくぬくしている安全地帯も必要ですが、そこにいたままでは変わりません。
変わらなくていいのなら私が対象としている方々ではありませんが、変わりたい、より良くなりたいと思うのであれば、安全地帯から出てチャレンジをして、新たなものや未知のものに飛び込まなくてはなりません。横を見て、ああ、あの人も変わってないし、僕も私も変わらなくていいや。という団子三兄弟?芋づる式根性?ではなく、自分は変わる必要性を感じているのであれば、“変化”に紐づく“恐れ”に向き合って、なぜ変化を恐れと思うのか?を深掘りしなくてはなりません。

日本は島国だからこそ独自の豊かな文化があります。テクノロジーの浸透の遅さを皮肉ってガラパゴス現象とも言われましたが、その独自の文化を存続させるためにも、断絶したり鎖国するのではなく、仏教を受け入れてうまくブレンドさせたように、美しいハイブリッドを求めたら良いのではないかと思うのです。そうでないと、この奇跡のような日本文化が消えていってしまうのではないかと思うのです。保守的になって何かを頑なに守ろうとすると、逆に廃れていってしまう。それは日本の伝統技術や文化がいくつも消えていることから明らかです。ファッションやトレンドにならず産業として成り立たないから継ぎ手もおらず、立ち消えてしまう。悲しい事実です。変化を柔軟に受け入れながら、西欧の良いところを学び、それらを触媒として、歴史や伝統を新たな形で伝授し、社会に実装していかなくてはならないと思うのです。

変化するということは、まずは自分が何層にも着ていた重い鎧を脱ぐということです。
裸になって初めて、十二単(じゅうにひとえ)のような重さを身に着けていたことに気づくのです。それは脱いでみると、「どうしてこんなにも私は鎧を着けていたんだろう?何をこれほどまでに頑なに守っていたんだろう?結局、みんな同じじゃん?」と驚くでしょう。
同じ悩みや問題を抱えているのに、自分を開いていって他とつながろうとせず、私はダメ、と他と比較して劣っているように感じて、一人で殻に閉じこもって孤独に浸って…結局がんじがらめになって出られないほど強固な殻になっていく…そうしてもう時遅し、というところまでもいき兼ねない。

脱いだあとは、いとも簡単だった!と思うのに、それが脱ぐまでは何十年もかかる、もしくは一生鎧を外せずに死んでいくほど(私の父がそうでした)、とってもハードなプロセスなのですよね。
私もそうでした。
精神的なことの勉強やプランツメディシン、シャーマニズム、あらゆる変容ワークを経ても、まだまだたくさんの鎧を着ていました。何度も大いなるものに「捨てろー!捨てろー!」と言われていたのに、簡単には捨てられませんでした。見えない何かにすがって執着することで守っているものがあったのです。プランツメディシンを採った時には、自分のエゴやプライド、過去への囚われ、執着、恥などを捨てなさいと言われていて、それを必死の思いで、何度もトライ&エラーを繰り返して、ようやく捨て去ることができ、自分が一度となく死に、生まれ変わったのですが、再び現実社会に戻ると、何重もの衣を装着し始めるのです。

ようやく完全にコンシャス(意識的)な状態で、勇気を振り絞って、”怖い”と思っていたところへ飛び込んだのです!
そしたら、錚々たる鎧がいつの間にか脱げていて、びっくり!これほどに解放されるとは!全身が驚くほど楽になって、これまでに味わったことのないような自由という圧倒的な爽快さを味わったのです。

そうすると、身体の緊張や強張りが解放されて楽になり、自分の中にスペースが生まれます。余白ですね。
そうすると、そのスペースに、温かくて心地よ〜い感覚が生まれ始めるのです。それが愛だったのです!
その愛は無限大で無尽蔵に生まれて、どこまでも広がる。自分が愛に包まれるだけでなく、愛そのものになってしまう。そうすると、自分が愛なので、そのフィールドに入ってくる者(物)も出て行く者(物)も全て受け入れる。愛のスペースから世界を見られる。愛の居場所から思考し、感じ、判断し、行動することができるので、愛が世界にリゾーム的に広がっていく。
愛を身体化するプロセスについてはこちらをお読みいただけましたら幸いです。

私は小さな頃から、肚のあたりに空洞のような満ち足りなさをずっと感じていました。思春期の頃にはそこから自分では扱えないほどのものすごい怒りが出てきて、黒いエネルギーを口から吐き出す絵などを描いていたのですが、それが大人になってくると、空洞、虚しさのような、ぽっこりと空いた大きな穴として感じていたのです。

それが、この愛という存在を感じて以来、なくなったことに気づきました。
その代わりに、結びのようなものが丹田のあたりに居座り、今世の私自身と私の魂とをつなげてくれていて、それが自己信頼だと感じたのです。それ以来、私はどかっと居座ってくれている自己信頼の結び目に支えられて日々を過ごしています。周りを気にすることもほとんどなくなりましたし、社会のあるべき姿とか、私があるべき姿という幻想なんて考えもしなくなり、独自の道を突っ走っています。それが良いか悪いかというのは誰も判断できないでしょう。私自身だってできないのに、他人に判断されてたまりますか!っていう感じです。笑
私の人生ですから、最後にけつを吹くのは私です。私の人生に責任を持つ。そうしてようやく自分の人生の創造主になれるのです!

だいぶ長くなってしまいましたが、西洋と東洋が美しくハイブリッドした世界をこの目で見たくて、今後は、スピリチュアリティ(体と心と頭と精神の統合)や、その精神性を作る基本となる食・農の交流、森づくりなどの分野を含むサステナブルでレジリアントな教育のための異国間交流を企んでいきたいと思っております。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。乱文失礼いたしました。ここに書いてあることはあくまで私個人の理解や感性ですので、事実関係と異なる場合は、ぜひご指導、ご鞭撻いただければ幸いです。💖

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