「愛してます。」というその言葉が、無償で無条件の愛(unconditional love)であれば、その愛のフィールドに誰がいつ入ってきても、いつ出ていっても、あなたが愛であることは変わらない。あなたはその愛のスペースからなんでもできる創造主だから。
愛はstate / 状態であり、動詞ではない。愛する / 愛される というのは、時に期待が混じっているかもしれません。あなたが愛である以上、愛するという意図を持たなくとも、もう愛のフィールドにいるのです。
誰かが出ていって悲しい、私は傷ついた、私はもっとこうすればよかったのかしら、私がダメだったのかしら、でも彼女/彼は私にあんなことを言った、あんなことをした、という後悔や自責/他責の念に駆られてることもありますね。しかし、反省して何かに気づくことも大事だと思いますが、自分の思考がつくり出した真実かわからない負の側面に追い立てられて心と体を患うよりも、事実を見ることが大事だと思います。
関係性はエネルギーのシフトです。人生はエネルギーのフロー/流れです。生きる中でエネルギーの流れが変われば、関係性も変わります。
あなたは、その関係性に影響されない圧倒的な愛の存在です。
再びそのフィールドに入ってくるエネルギーがあるでしょう。そうして全ては流動して循環しているのです。
相手からの愛を、期待と混同すると厄介です。
相手は私を愛してくれていると誓ったから、相手は私を裏切らないはず。
そうすると、相手の自由は無くなります。互いを縛り合い、拘束しあえばだんだん苦しくなっていきます。相手に夢中で自分のことを後回しにしていた時期が終わり、自分のことも大事にしたい時期になると、相手は自分にもう関心がないのかと、期待を裏切られた悲しみと怒りと不安で相手に当たったり、意地悪をしたり、暴力的になったりと、関係性が歪んでいきます。そうすると感情がこんがらがり、冷静さを失って一筋縄では解決できなくなる場合もあります。
自分を愛してほしいと訴えるのは、認められない自分の代わりに認めてほしいという承認欲求です。
愛だと思い込んでいるその愛は、私を受け入れて、認めて、愛してね。という期待と縛りの契約書。自分がそれをできないから相手に求める。負のループの始まりです。
自分を愛していないからです。自分を愛してない状態で、他を愛せるのか?それは自己欺瞞かもしれません。


