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【大切なこと】夢から目醒めるクンダリーニ覚醒

WAKE UP!  夢から醒めることは、幸せに至る道

2026年4月〜5月のひと月の間、世界中でシッダ・シャクティパット (悟りに至るエネルギーの伝達) を指導するローハン師をインドから招聘し、私Deepika Yogiと共に、非二元の意識に至るクンダリーニ覚醒のための瞑想とシャクティパットのリトリートを実施します。グループセッションと、個人セッションを行います。

クンダリーニの覚醒は、悟りの道であり、夢から醒め、真実を知るための人類進化のメカニズムです。
クンダリーニ覚醒は、ヨーガの目的であり、歴史上のすべての宗教と教えが目指す究極の体験です。

苦は、あなたの心が生み出します。
幸せとは、それを識り、永遠の意識に還ることです。
心の家は、あなたの中にあります。

クンダリーニが覚醒すると、意識の拡大(拡張意識・非二元の至福体験)、肉体・感情・精神の浄化と統合、DNAや脳機能の活性化(生物学的進化の加速)、自己実現・解脱へ到達します。

空海が持ち帰ったタントラ(密教)の奥義は、歴史上、秘儀として封印されなければならないほどにパワフルでした。そのパワーは、今再び世界中で脚光を浴び始めました。今、日本人の大和魂の本質を思い出すことが大切だと思っています。しかし、思い出すだけではなく、縄文のアニミズムや江戸の禅の精神に恋焦がれるのでもなく、現代にあった形で融合していくことが大切だと思っています。その時に、依代となる鍵が、「非二元」にあると思い、その鍵を日本に届けております。

 

日本人の再生と「非二元性」に隠れた鍵

日本人の特徴として知られる「良い人」の反対は、ナイーブです。ナイーブさは危うさでもあります。他国に良いように利用され占領されている現状は、曖昧文化ならでは、ではないでしょうか?

「良い人ぶっている」の反対は、「本音で生きていない」です。仮面が分厚くなって、もはや顔面皮膚と合体してしまい、剥がせない。剥がそうとすると痛い。(苦笑) 鈍ってしまって、もはや何が本音かわからなくなっているのです。

「境界線を引けない」の反対は、「他人を同一視」して同じじゃないと、ハブる。個性が認められない集団監視のネチネチ文化です。

弥生時代からの稲作文化によって、協力し合わないと生存できないために、生まれた表と裏の顔。江戸時代の武士の「本音と建前」によって生まれた自分への嘘。他人を気にして人に合わせることで、目立った個性は受け入れられず、関係性では根に持ち、あと引くネバネバ納豆社会。

愛国心から「日本は素晴らしい国なんだ!」と嘆いてみても、その実情は、自殺率G7最高、がん世界一、 精神重症度世界4位です。

これらは、自分にも他人にも嘘をついているからではないでしょうか?

嘘をついていると、エネルギーが滞って、波動が落ち、新陳代謝も落ちていきます。体は嘘をつけません。まったく正直です。

非二元論を教える古典インド哲学のアドヴァイタ・ヴェーダーンタで自分を知る上で一番最初の重要ステップは、ネティネティです。
※ネティネティ:自分のものでないことを1枚1枚剥がしていくこと。

虚構の仮面を手放し、本当の自分のピカピカの真我に出逢いに行き、自我と真我に距離を持ち、自我の虚構に気づくのが非二元哲学の真骨頂。

今の日本人に必要なことは、ネチネチネで他者を同一化して批判する「自他非分」ではなく、ネティネティで嘘を剥がし、「全ての存在と全ての存在を共有する愛の純粋意識を思い出す」非二元の意識に滅することが大切だと思っています。

 

安らぎと幸せは、私たちの本質そのものです。

私たちの存在の内にある「空(Ku)」は平和として経験され、
私たちの存在の内に「満ちるもの」は幸せとして経験され、
私たちの存在の共有は、愛として経験されます。

覚醒とは、「私たちの存在の本質」を認識することです。夢から目醒めることです。

 

夢から醒めることは、平和と幸せと愛を思い出すこと

覚醒とは、夢から醒めること。

思考の罠から、自らを解放すること。

悟りは、偉人のためだけのものではありません。

悟りは、遠いものではありません。

むしろ、今ここにしかありません。

幸せとは、今ここに、還ることです。

苦は、あなたの心が創り出しています。

悟りとは、自らがその檻に気づき、自らを解放することです。

人生の変容は、覚醒から始まります。

 


 

私たちは、生まれた瞬間から、ヴェールの中に暮らしています。
そのヴェールは、ぼやっとしていて、クリアな景色を見せてはくれません。
しかし、そのぼやっとした景色も、当たり前として生きているうちに、そういうものなんだろうと、小さな頃の感覚を忘れていくようです。

ぼやっとした景色を作っている大元は、あなたの名前や、誰かの子供であるとか、誰かの親であるといった役割やポジションから始まり、誰かが作った決め事などです。それは、お金、中央集権、資本主義、法律、学校教育、常識、偏差値、成功、結婚、浮気、家族、良いこと・悪いこと、頭が良い・悪い、美しい・醜い、正しい・間違っている、上・下など、そしてそれらによって生まれたあなたの性格や人格など、あらゆる概念があなたのアイデンティティとして植え付けられ、あなたの視界をぼやけさせます。

あなたは、それらの制限の中で感じる違和感に対する無意識の叫びを発することのないまま、大人になります。

しかし、それらの叫びの声は、潜在意識に地雷のように埋め込まれ、人生のさまざまな側面でねじ曲がって現れ、人や社会との関係性に影響を与え続けますが、若いうちは疑問を持ちながらも、エネルギーや好奇心によって、何かに向かってまっしぐらに走り続けられるでしょう。

しかし、エネルギーの滞留と共に、キャリアや子育て、パートナーシップ等にある一定のパターンが見えてきた時、あなたは何か違和感を感じたり、鬱憤のようなものを感じ始めるかもしれません。それらは、思い通りに行かないことや、期待が裏切られたこと、もしくは 何かの終了や失敗や後悔や諦めが重なり、もう挑戦する気力が湧かなくなったことにあるのかもしれません。

しかし、それらによって、岐路に立つ時が来たのは、確かです。

本当の自分を生きたくなる衝動、永遠なる海に泳ぎ出したくなるような衝動を感じているのかもしれません。

それは、ミドルライフクライシスと言われるような、中年の「危機」ではなく、むしろ、チャンスです!

何か見えない足枷のような重さを感じ始め、だるくて動けない、鬱々とする、もっとやれる気がするのに動けないなど、症状は様々でしょう。

それを放っておくと、いつしかその重たい存在は、自分を内側から突き動かすようになってくるかもしれません。

これまで煌びやかに見えていたことに、何の興味もワクワク感も覚えなくなっていくかもしれません。

「何か人生がつまらない。私/僕、どうしちゃったのかな?友達と会うことも気が乗らない。出かけることも、仕事にもやる気がしない。疲れてるのかしら?」といった倦怠感、心当たりはありませんか?

それは、自分の外部ではなく、内側へ転換する時が来たサインです。

全てから解き放たれて、軽くなり、本当の自分を識る時が来たのです。

 

視界を覆うヴェールの正体

先述したような、生まれた瞬間から自動的に与えられる諸々の制限たちは、あなたの中の本当の声を、否応なく押し込めていきます。

では、それらの声は、どこに行ったのでしょうか?

日々は忙しく、子供の頃は学校や塾、習い事、大人になれば仕事や家事、子育てなどに日々を忙しくして、純粋な心は、ぶよぶよと麻痺していきます。

しかし、あなたの叫びは、確実にあなたの潜在意識に埋め込まれているのです。

忙しさは絆創膏のようなもの。その下で、それらの傷は膿み、癒しを知らぬまま、地雷のごとく、発射の時を待っています。

そして、突如、予期せぬ不和や別離、解雇、縁滅などの断絶が訪れるのです。

それでも、多くの場合、再び絆創膏で蓋をして、一見、何もなかったように日々を忙しく過ごし、人生の終わりを迎えます。

 

なぜ、私たちは、傷を応急処置で終わらせるのでしょうか?

なぜなら、怖いからです。再びそのショックを味わうことが辛いのです。「あの痛み」を再び味わうことに対しての、免疫がないのです。

でも、それが痛いと思うのは、固くて冷たい「べき論」というジャッジ(批判)の刀(矛)が振り下ろされる恐怖心からなのです。

あなたは、それよりも固い盾で自らを守り、体はガチガチになっています。

しかし、その刀を構えているのも、実は自分自身であることに、あなたは気づいていないのです。

その刀は、あなたが住んでいる世界があなたに持たせた武器かもしれません。「用心しろよ。正当な道を歩めよ。」と。

しかし、その忠告は、実はあなたを路頭に迷わせる洗脳であることに、あなたは気づいていません。それらは、偏差値や、成功という名の梯子、常識、あらゆる「べき論」という名の制限の檻なのです。

その檻にまんまと嵌ったあなたは不安で、刀を下ろせないでいます。いつ敵が自分を襲いにくるかわからない、と。

それがどこにいる誰なのかもわからず、自らの思考が産み出した「敵」という幻想に怯えているのです。

そして、その刀はいつでも自らに振り落とされようとしているから、あなたはますます盾をおろせず、両手は塞がり、二兎追うものは一兎も得ず状態で、にっちもさっちも行かず、立ち尽くしているのです。

しかし、その立ち尽くしている状態は、潜在意識なので、あなたは気づきません。

同じような痛みを彷彿させる出来事や人間関係での不和が訪れると、あなたは再びその盾をかざし、敵と思いこんでいる相手から自らの身を守り、家に帰ると、後悔し、自分を責め、孤独に怯えているのです。

これらは無意識の習慣となり、人生で繰り返す負のループとなります。

 

さて、これらが示す例の裏に働いている心のメカニズム、わかりますか?

刀は、あなたの思考です。思考という刀が、あなたを自ら斬り落とそうとしているのです。

そして、盾もあなたの思考です。これらの思考で、体をがちがちにしているのです。

つまり、どちらも自らが作り出す思考。

この思考は、猿のように止まることを知りません。「ああすべきだ、こうすべきだ。」、「だからお前はだめなんだ。」、「結局お前には無理なんだ。」と永遠に自分を脅し続けます。

しかし、もうお気づきと思います。あなたの思考は洗脳されているのです。

そして、あなたは、思考ではないのです。

あなたの本当の姿は、あなたが生まれた瞬間に付けられた名前でも、その人の子供でも、誰かの夫でも、妻でも、親でも、部長でもなく、できないと言われる課長でも、優しいと言われる性格でも、厳格と言われる人格でも、ないのです。

それらは全てあなたの仮の姿です。

では、あなたの真の姿とは何でしょうか?

それは、あなたの仮の姿のさらに奥にいる、純粋な意識です。

 

ふむ…なんでしょう?純粋意識とは?

純粋意識とは、自我の前の意識です。

あなたが生まれる前に居たところで、今この瞬間にも居て、体が滅んだ後に還る場所です。

そして、あなたの親も、あなたの嫌いなあの人も、あなたの大好きなあの人も、みんなこの純粋意識に属しています。

純粋意識は、遍く存在し、永遠で、始まりも終わりもありません。

この「純粋意識」の正体については、この章の後に続きます。

 

では、なぜ私たちは、そのことに気づかないのでしょうか?

それは、あなたがあなたの目を自分では見られないように、距離が近すぎて見えないのです。

あなたがあなたを知るためには、あなた自らが、自身から距離を離さなければなりません。

 

では、どのように距離を離せるのでしょうか?

それは、瞑想です。

瞑想で自分自身を観察することでしか、自分の本当の姿は、思い出せないのです。

眠っている時は、純粋意識に戻っている時でしょうが、顕在意識が休んでいるために、覚えていないのです。

瞑想は、多くの人がやりたいと思っているのに、やれないと言っています。簡単そうなのに、やれない、と。

瞑想にインテリジェンスは関係ありません。IQ(知能指数)に、EQ(感情指数)やSQ(霊性指数)は伴いません。

どんなに頭の良い科学者でも数学者でも、頭がカチコチの人は、そのカチコチから解放されるために瞑想をしたいのに、カチコチだからできないのです。そうして、世界のトップ企業は、「もっと創造的になるために、もっと生産的になるために、もっと評価されるために、瞑想をやらなきゃ。」と言と自らに縄を縛り、さらにストレスをかけて、瞑想アプリをダウンロードして表面的な瞑想をしては、最終的に知った気になるか、諦めていきます。

それらの脅迫概念と瞑想は、全く相入れません。むしろ真逆の質感です。

焦れば焦るほど、瞑想的な生き方から遠ざかっていきます。

 

では、どうしたら瞑想できるようになるのでしょうか?

安心してください。実は、救世主がいるのです。それも、あなた自身の中に。

私たちがこの世に生誕した瞬間から受ける制限に圧倒され、眠ってしまったエネルギーです。

それは、起こされる時を待っています。

コンコンコンとノックされた時、それは突如、目を覚まし、あなたの中から熱風のように湧き上がります。

その熱風とは、クンダリーニ・エネルギーです。

自らの中に潜む生命力「クンダリーニ」が覚醒された時、それはカチコチにブロックされたチャクラ(経絡)を貫通し、あなたの幻想を溶かします。

そしてシャクティ(クンダリーニ)がシヴァ(純粋意識)と合一し、私たちは、分離していなかったと気づきます。

シャクティは顕現や創造のエネルギー、シヴァは純粋意識。

シャクティが眠っている時、あなたはこの世の幻想(思考)に取り込まれ、自らのアイデンティティというラベルに翻弄され、自分が誰かを見失います。そして、シヴァだけでは、自らは自らの存在に気づかないのです。

シャクティが目を覚まし、シヴァと合一することで、互いは互いの存在を認識し、私たちはいつだって別れていなかった、いつも同じ一つの意識に居た、と気づくのです。

あなた(シャクティ)の力であなた(シヴァ)との非二元を味わい、自分の本当の存在を認識します。

クンダリーニの覚醒は、目醒めを加速させます。

瞑想が、脅迫から気持ち良さへ変わります。

むしろ、瞑想こそがずっと還りたい家だったと、気づくでしょう。

私たちの本性は、純粋な意識。

クンダリーニが目を醒ますことによって、自分が遍く永遠の存在であることが、思い出されるのです。

 

意識は脳の中にあるのではなく、脳が意識の中にあるようだ

世界トップの科学者たちは、ここ数年で、「意識」を解明できないと降参しました。

「意識は脳の中にあるのではなく、脳が意識の中にあるようだ。」と言い始めたのです。

「まるで神経がアンテナのように働き、偏在する意識のフィールドに電波を合わせて、周波数のシグナルを拾っているようだ。」と。

言い換えれば、あなたが注意を向けた瞬間から、フィールドが動き出すということを示しています。

あなたの心は、無限の可能性の中から、一つの経験として顕現されているのです。

そして、あなたの感情が変わる度に、シグナルも変わり、あなたの時間と空間と可能性も、それによって曲がるのです。

つまり、意識は、現実を見ているだけではなく、現実を形づくるのです。

あなたは、心ではなく、遍く永遠なる「意識」なのです。

これは、映画に例えると、あなたは、映画の物語の中のキャラクターではなく、映画が終わると現れる、背景のスクリーンだということです。

あなたは、一時的に人間を経験しているだけであり、それを思い出す時、あなたは、あなたの周りの全てが鏡であることを知るでしょう。

その時、あなたは、無限のフィールドにいつもいたことを思い出すのです。

それを思い出した時、あなたは想像を超えるような光に包まれているでしょう。それどころか、光自体になっていることに気づくでしょう。

それが、覚醒です。

それは、圧倒的な解放感で、圧倒的な至福感です。

あなたは、あなたの映画の主人公ではなく、脚本家なのです。

演じるのもあなたですが、あなたが描きたい物語を、創る時が来たのです。

あなたが輝くステージを創るのも、あなたなのです!

 

スケジュール

2026年4月〜5月のひと月の間、グループセッションと、テイラーメイドの個別セッションを開催します。

基本的には、4月第2・3 ・4週目の金・土・日の週末3日間の通い式と、5月の連休での宿泊型のリトリートを企画しています。(予定)

場所は、京都と、それ以外の首都圏で通い式、宿泊型は地方都市で考えています。

私の街にも来てほしい!という方は、ぜひお声がけください。お仲間を集めていただければ、出張いたします。

自然の中で、静寂に包まれる良い場所をご存知の方は、ぜひ教えてください。

その他の詳細は、こちらのページをご覧ください。

 

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夢から目醒め、幸せを知る非二元意識 3 days オンライン・ワークショップ

 

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非二元の意識で生きるコミュニティ

Advait Ashram Japan

タントラ ヨガ クンダリーニ アドヴァイタ アシュラム スクール 覚醒 瞑想 意識 アカデミー コミュニティ
スピリチュアルな覚醒、クンダリーニ・プロセスのガイダンス、サポート、安全な空間を提供するグローバルなコミュニティ、先生やガイドを育成するタントラの知恵を伝授するコースを提供。エネルギー伝達を通じてクンダリーニの完全な成熟のための活性化、上昇、調整を促進し、非二元的な意識の拡張された状態を体験できるようサポートします。

 

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2026年春 夢から醒めて、幸せを選ぶためのクンダリーニ覚醒リトリート詳細

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【詳細】 クンダリーニ覚醒リトリート2026春 〜エネルギー伝達と瞑想で非二元を悟る〜
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